みなさん、こんにちは!
fof(ふぉふ)です(*^▽^*)
今回は【30代の終活】をテーマに記事を作成していきたいと思います(^^)
本当はもっとバンバン終活のこと書きたいんだけど、いかんせん実績と知識がまとめきれてないもので(^^;)
あと、どんなテンションで書けばいいのか分からない(笑)
一応この【終活】も【一条工務店】や【子育て】、【爆笑雑記 ←】のカテゴリーのようにふざけたテンションで書こうとは思っていますので、よろしくお願いします(*^^*)
ちなみに言い訳を言わせていただくと、既に【終活】の記事は下書きとして2作ほどほぼできてはいます。
ただ内容がやっぱり重くて・・・(^^;) ← ふざけ方のさじ加減が難しい。。。
今回はこの記事を最後にむっさ重く書いたり、いろいろな想いを吐き出したりして書くことで、今後の【終活】の記事はふざけて書こうと決めました! ← 勝手に
閲覧注意です。 ← 最近好きな言葉「閲覧注意」
それではよろしくお願いします( `ー´)ノ
はじめに
まずは簡単に自己紹介をさせてください!
- 地方在住の30代の三児の父です。
- 2022年秋に、実兄が急逝しました。
- それを機に「終活」を意識するようになり、「今できることはなにか?」を考えるようになりました。
- 血の繋がった兄弟ですが、私の立場は「喪主」でも「遺族」でも「法定相続人」でもありません。
- 今後の【終活】をフランクに書くために、今回のこの記事は全力で重く書き記していきます(笑)
長々とすみません(^^;)
以前こんな記事を作成しました。 ↓
素人なりに頑張ってまとめた記事となっております。よろしければご一読ください☆
ちなみに私の【終活】についての知識は、こちらの著書で学ばさせていただいております ↓
こちらの著者の方は、YouTubeも配信されておりますので、興味のある方はそちらもご覧ください(*^▽^*)
今回は、喪主でも遺族でも法定相続人でもない私の立場から、兄が亡くなって感じたことについて、感情をありのままに吐き出していきたいと思います。フランクは・・・無理かな(笑)
身バレしない程度に私の大切な実兄との想い出も踏まえながら書き記してまいります。
それでは、本題にいきましょう!
私と兄(~今まで)
そもそも私は三兄弟の真ん中です。
兄はちょっと年上。
弟はだいぶ年下。
カテゴリーのスーツを着ている写真は弟の結婚式のときの写真です。幸せな時間でしたね。
兄が亡くなる数か月前の出来事でした。
申し訳ないけど、弟の話はそれぐらいにして、兄との話をしていきたいと思います。
兄の真似ばかりの幼少期
ここは両親から聞いた話です。
さすがに記憶には残ってないなぁ(^^;) 少しぐらいはあるけどね。
私たち兄弟ってほとんど兄弟げんかをしたことがないらしく、
すごい弟の面倒見がいい兄だったそうです。
私自身、兄に泣かされた記憶はほとんどなく、仲良くやれていた記憶ばっかがよみがえってきます。
私はそんな兄が大好きで、いつも後ろからくっついては真似ばかり。
兄が遊んでいるおもちゃやゲームはすぐにやりたくなるし。
自分の友達より兄の友達と遊んでいた方が多かったぐらい。
兄がサッカーを始めたのを見て、私もサッカーを始めました。
兄の背中を追う中高生時代
お互い物心がついたころに、私の両親が離婚しました。
別にそれは今となっては大したことではないんだけど、その当時は私にとって大問題。
父につくか、母につくか、、、
私の結論は「お兄ちゃんについていく」でした。
兄と同じ小中学校を卒業し、いよいよ高校。ここらへんから少しずつ兄との距離が離れていきます。
ずっと兄の背中を追っていた私。
ついに追えない出来事が。
高校受験です。
学力の問題でした(笑)
兄は県内有数の進学校へ。
私は中の上ぐらいの高校へ行きました。
ちなみに兄は高校1年のときに大好きだったサッカー部をやめたのですが、
私も高校1年のときにサッカー部をやめました(笑)
どこまでも一緒がよかったんでしょうね。
大学生になると、兄は一人暮らしを始めました。
初めて兄と離れて暮らすようになりました。
そんなとき私はというと、
ちょうど親が再婚し、新しい家庭を築いていた時期でした。
新しいお母さん。(もちろん今でも仲良しですよ)
初めての弟。(先述した弟ね。もちろん仲良しですよ)
幸せな父。(もちろん仲良しですよ)
そして、いない兄。
当時は思春期だったんでしょうね。
母も弟ももちろん父も、みんないい人で、文句なんて今考えれば何一つなかったのに、
当時はイチャモンばかり。
気付いたら私が一方的に荒れて、家を出ていきました。
それぐらい私にとって兄の存在は大きかったのでしょう。
今思い出しても、申し訳ない出来事でした(^^;)
大人になった兄弟
まぁまぁ荒んだ青春時代を送った私ですが(笑)
無事大学生になり、兄は社会人。
このころはほとんど連絡を取り合っていませんでしたが、お互い順風満帆な人生を送っていたのでしょう。
ちなみに大学も高校同様別です。 ← 学力の関係(笑)
私が大学在学中に、兄は結婚をしました。
ステキな奥様です。幸せな時間でしたね。
大学卒業後は私も無事社会人となり、 ← 兄の職種とは無関係
数年後、結婚、出産もしました。
我々兄弟、二人とも三児の父。
3人の子どもってゆーのも兄の影響が大きかったのだと思います。
家庭の方が一段落すると、
長期休暇の際には子どもを連れて家族で遊んだり、
両親と兄弟でゴルフにいったり、
一緒にフットサルや麻雀をしたりと、
また昔のようによく遊ぶようになりました。
月1ペースで兄と遊んでいました(笑)
お互い家庭があるにもかかわらず(笑)
そんな兄弟なかなかいないんじゃないかな(;’∀’)
そんな大親友ばりの兄との生活もつかの間、
ついに悲劇が起きてしまいました。
救急搬送。戻らない意識。そして、
忘れもしない2022年秋。
明け方に父から一本の電話が。
どうやら兄の容態がまずいらしい。
全く理解できない私。
『だってこないだフットサルやったよ?』
『「次いつ遊ぶ~?」って一昨日LINEしたばかりだよ?』
訳も分からぬまま病院へ。
そこには意識のない兄の姿。
涙を流す奥様と両親、弟。
一気に私の人生が変わった瞬間でした。
死因については伏せますが、その病院でのできごとから1か月も経たずに兄は他界。
未だに信じられません。
人の人生って、一瞬で変わるんだなって心から実感しました。
私と兄(今~)
私は誓いました。兄の手を握りながら。
「これからの人生。兄ちゃんの奥さん、お子さん、そして父と母の面倒は兄ちゃんの分まで俺が見るからね。みんなで協力してやってくからね。」って。
なんか変なドラマのセリフみたいになっちゃいましたが、こんな感じのことを最期誓ったのを覚えています。
今では月に1~2回、兄ちゃんのお子さんらと遊びに行ったり、ご飯食べたりしています(^^)
もちろん両親ともゴルフしてますよ。
話に出てきてませんが、実母の面倒も見てますよ。
だから安心してね。
当時の一番の悩み
とまぁ、ここまで悲劇のヒロインのごとく熱く語ってきたわけですが、
当時、てか今もですが、悩んでいることがあるのです。
悩みという表現があってるかどうかは分かりませんが(^^;)
よかったら続きをどうぞ☆
配偶者の心情
ご結婚されている方。
「自分の配偶者が亡くなる」って想像つきますか? ← 既にそのような状況の方はすみません(^^;)
私には想像がつきません。
ても実際にそのような悲劇に見舞われた方が身近にいます。
兄の奥様です。
いつも思います。
「なんて声をかけたらいいんだろう」
「夫婦でお邪魔したら嫌な気持ちにならないかな」
「余計なお世話なんじゃないかな」
って。
配偶者が亡くなることなんて、想像できないし、恐ろしくてしたくもないけど、実際に亡くなった方がいる。
想像の範囲でしかないですが、配偶者が亡くなるって、自分が死ぬより恐ろしいことなんじゃないかな。ましてはこの若い年齢で。
そのような事実を受け止めて、今もなおまっすぐ生きている奥様の姿を見ると胸が苦しくなるのです。
子どもたちの心情
兄のお子さんたちはどうなんだろう。
自分の親が亡くなるってどういう感情になるんだろう。
苦しいよね。悲しいよね。訳が分からないよね。
大人だって受け止めることができない現実を、お子さんたちも同様に受け止めなければならない。
そんなお子さんたちの気持ちを想うと涙が止まらなくなるのです。
未だに兄のお子さんらと遊んでいると、それだけで涙が出てくることがあります。
また視点はずれますが、私にも3人の子どもがいます。
私がいなくなったら、、、
妻がいなくなったら、、、
両親の心情
最後は私の両親の心情です。
「親より先に死ぬなんて最大の親不孝」
なんて言葉を耳にしますが、
正直、まさにその通りでした。
臨終や葬儀の際の母の姿、正直見ていられませんでした。
とは言っても、介抱するのは私しかいないので(実母の場合)
なんとかしましたが。
両親は何を想って兄を見送ったのだろう。
想像もつかない。
そしてこれも視点をずらして自分事。
もし、自分の子どもが自分より先に・・・・・
だめだ、考えられない。
でもそのような方も世の中にはきっとたくさんいるのだろう。
何を想うのか、どう乗り越えていくのか、
考えるだけで涙が止まりません。
このように兄弟でありながら、配偶者という立場を持ち、子どももいて、自分だって人の親。様々な視点から考えることができてしまう自分。
当時はどうしていいか分からなくなった時期もありました(^^;)
想うだけ。でも他は何もできない。
ここでタイトル回収を。
私は「喪主」でも「遺族」でも「法定相続人」でもありません。
- 「喪主」 → 葬儀の際に取り仕切る人。今回の場合、奥様。
- 「遺族」 → 遺された家族。今回の場合、奥様とお子さん3人。
- 「法定相続人」 → 相続を受ける権利のある者。今回の場合、奥様とお子さん3人。
つまり上記の3つは兄のご家族ということを指すということです。当たり前ですが。
私の立場はいわば、葬儀の際には一親戚のような立場でした。
相続の際も、詳しい話は蚊帳の外でした。 ← ここでの中心は我々の父でした。
「こんなに兄を想っているのに?なんで?」
とは思いませんでしたが、自分のこの中途半端な立ち位置がすごく嫌だったのをすごく覚えているし、今でもそうです(^^;)
「なんとかしてやりたい」
「なにかできることはないか」
と思いつつも、
「なんで弟のお前は生きてるの?」
なんて思われていたらどうしよう。
なんて感情も時折芽生えてくるのです。
人間不思議な生き物ですね。頑丈そうで意外ともろいみたいですよ(^^;)
ちなみになんでこんな重い身の丈話をこんなところでしているのかというと、
現実世界じゃこんな話する相手なんていないからですよ(笑)
話始めたところで涙は止まらなくなるし、
「そんなことないよ。大丈夫だよ。」
なんて励ましの言葉をもらいたいわけでもない。
ただただ吐き出したいだけ。
その手段として、ブログは私にとって最適なツールなのです。
このブログを通して伝えたいこと
すみません。すげー自分語りな上に、うまくまとまってなくて。
自分を被害者ぶってるわけではないのですが、、、
そのように感じた方がいらっしゃいましたら、すみません。
それは私の文才の責任です(笑)
で、最後に。
兄が亡くなってまもなく半年。
未だに当時の情景がフラッシュバックするし、涙も出てきます。
でももし、私と同じような状況で悩んでいる方がいらっしゃいましたら、
「一人じゃないんだよ」
ってことだけ分かってもらえると幸いです。
また、(すげー嫌な言い方ですが)今は順風満帆な方でも、
いつ何時、自分の人生が大きく変わるなんて分かりません。
順風満帆な方こそ、今を大切に人生を謳歌してほしいと思います!!
最後まで偉そうにすみませんでした(^^;)
さいごに
いかがでしたでしょうか?
最初で最後、思いっきり重く書いてやりましたよ(笑)
一般的に兄弟の死って、法的な関係性だけで言えば遠くて、あまりフォーカスされていないような気がします。
ドラマやニュースなどを見てもやっぱり、恋人や配偶者、子どもを扱う題材が多いような。
でもだからこそ、私のこの記事が刺さる方がこの世界にいるかもしれない。そう思って書き始めた【終活】編でした。
まぁ刺さるような事実は起きてほしくないですけどね(^^;)
それでは最後まで読んでくださりありがとうございました♪
これからもよろしくお願いします(^^) → この記事以降の【終活】の記事はふざけるぜ~(・ω・)ノ
以上です~( `ー´)ノ
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コメント
お兄さんお若くして天国にいかれてしまったんですね…。
何が起きるかわからないですね。
ご冥福をお祈りします。
あじさん☆
コメントありがとうございます。本当に何が起きるかわからないですよね。
おじさんもお身体気を付けてください。ご家族ももちろんですが、ご自身のお身体もお大事に(*^_^*)